人生には色々なことが起こります。楽しいこともあれば苦しいこともある中で人が苦しい場面に出くわした時にこう思うでしょう。

「どうして俺の人生は悪いことばかりなんだ!」と自分自身の生き方を否定してしまいたくなるかもしれませんが、このようなことを仏教の世界では「因果応報」という言葉で表現しています。「因果応報」は人が現世で成長していくためには避けることができない法則と言ってもいいでしょう。

そこで今回はスピリチュアリストの筆者が「因果応報」について詳しく解説してこといたします。

ライター/myuza

九州出身、神奈川在住の男性です。 20年以上、スピリチュアル分野に関心を持ち、多くのスピリチュアリストの方々と交流をして、精神世界探訪をしております。 つたない経験ですが、人生に悩まれている方々の参考になるような情報をご提供させていただきたいと思っています。

因果応報とは一体なに?

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「因果応報」という言葉を四字熟語辞典で調べてみると、「前世の善悪の行動の結果、現世での報いに繋がっていき現在の善悪の結果になっていくこと」というニュアンスの説明がなされています。

「善因善果」「悪因悪果」​という言葉で表現されることもある「因果応報」は、良い行いをすれば良い結果を引き寄せて悪い行動は悪い結果を招いていくことを解いているのです。

因果応報は必ずある

ここで素朴な疑問を持たれる方もいらっしゃることでしょう。それは「本当に因果応報というものがあるのか?」ということ。

人は善悪の判断に基づき行動していることが大半なのですが、世の中には子供の頃から悪行を重ねても全くその人に禍いがないことも少なくありません。

悪徳政治家と呼ばれている人でさえのうのうとのさばっている時代。そのようなことを考えると、因縁めいたことなんて何ひとつないのではないかと思えるほど。

しかし、現在この記事を書いている筆者は「因果応報は必ずある」と考えています。

前世の行ないが現世に影響する?

「どうしてそのようなことが言えるのか?」と厳しく問われてしまいそうですが、かの釈迦も因果応報は必ずあると説いています。

現世で自分が行ったことの結果が必ず来世で自分に返ってくるということを。もし、前世で悪い行いをした人であったなら、今世ではそれを報いとしてを受けることになるのです。

悪い行いのため悪い報いを受けるだけではない

良い行いをすれば来世ではいいことが、悪いことをすれば生まれ変わってからその償いをしなくてはならない。このようなことを聞くと因果応報の法則が恐ろしく感じてしまうことでしょう。

特に現在苦境に立たされている人は、なおさら恐ろしく感じていることと思います。しかし、決して自分の人生を呪ったり悲観する必要はありません。

「因果応報の法則」が求めているのは悪い行いの償いをさせるためだけではないかです。確かにお釈迦様は「悪いことをしたならその報いを受ける」と言っているものの、その人が罰せられているわけではありません。

成長を促すために試練を与えていることが真実です。もし、前世では善行の人であっても現世では多くの逆境に立たされている人もいます。

その理由は後ほど説明いたしますが、これもまた因果応報から来る結果なのです。

因果応報の起きる3つの理由

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では、なぜ因果応報が起きるのでしょうか?ここではその3つの理由についてご紹介していきます。

カルマの法則があるため

前世での行為が現世で、現世での行いが来世の果報として現れる。この因果の法則が働くのは全ての人が「カルマ」を背負っているため。

精神世界に造詣のある人なら誰でも知っているキーワードですが、「人の魂が果たすべき宿命」と喩えることができます。分かりやすく言うと魂はいくつかの課題(宿命)を持っており現世の生活の中で、この課題をクリアにすることが求められているのです。

このカルマがやるべき法則が、すなわち「因果の法則」となるという解釈になってきます。

輪廻転生の法則があるため

さらに「因果応報=カルマの法則」の深く考察していくと「輪廻転生の法則」についても説明しなくてはなりません。輪廻転生の法則とは「生まれ変わりの法則」のことで、人の源となる「魂」が前世・現世・来世の転生を何度も繰り返していくことを指しています。

どうしてこのような繰り返しの考え方があるのか言えば、自分が持つカルマ(課題)を解消しなくてはならないためです。因果の法則で残した課題は現世だけで解消するとは限りません。

もしかすると、来世でも残された課題を宿題してやり抜く必要があるのです。

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