呪いの歴史について

呪いは誰から始まったのか?いつの間にか私たちにとって身近な存在になっていた【呪い】ですが、歴史の中で今でも伝わっている話もあります。「人を呪わば穴二つ」ここではそんなの歴史についていくつか見ていきましょう。

その1.日本神話の最古の呪い

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日本最古の呪いは妻から夫に発したものです。日本神話のイザナギ(夫)とイザナミ(妻)の神話はご存じですか?

出産で命をおとしたイザナミを、諦めきれないイザナギが黄泉の国へ迎えに行きました。ですが、黄泉の国の食べ物を食べてしまったイザナミは現世に帰れません。「黄泉の国の神と相談するからその間は決して自分の姿を見ないでほしい」とイザナミは言います。ですが約束を破りイザナギは覗き見てしまいました。自分の変わり果てた姿を見られたイザナミはイザナギに激怒し「これから毎日1000人の人間を殺す」と宣言したことが日本最古の呪いといわれいます。

その2.呪禁師と陰陽師

陰陽師とは占いや祈祷・厄払いそして怨霊退治などを行う神官の一種と言われています。そもそも昔には悪霊退治や病の原因となる邪気を払ったり、逆に人を呪ったりする「呪禁師(じゅごんし)」が活躍していました。(人気のアニメにも出てきていましたね)そこで呪われた人が呪い返しをお願いしたのが陰陽師です。

人を呪うという仕事をしていた呪術師は危険視されていましたが、陰陽師が注目されていく中で表舞台から去ったとも言われています。どちらの仕事も人を呪うということはとてもリスキーな行為であるため、命がけの仕事であったことは間違いないですね。

その3.丑の刻参り(呪いの藁人形)

呪いと言えば一番に思いつくのが【丑の刻参り(呪いの藁人形)】という方も多いのでは?これは平家物語に「宇治の橋姫」というお話で書かれています。

夫の浮気に嫉妬した妻が貴船大明神に参拝し、7日間籠り「憎い相手を憑り殺したいから、生きながらに鬼になりたい」と願をかけるというお話です。また「御伽草子」にも同じような話が書かれています。

現代に広く伝わっている丑の刻参りのやり方は丑の刻(午前1時から3時まで)に相手に見立てた藁人形を、神社の御神木に打ち付けるという行為を7日間続けるというものです。ただし、様々なアイテムとルールそして人に見られたり知られた場合は呪いの効果が自分に返ってくると言われているので、実際に行うのは難しいでしょう。また、現代では脅迫罪で逮捕される場合もあります。

祟りの歴史(日本三大怨霊)

人を呪いながら亡くなると怨霊(祟り)になるのでしょうか?強い恨みを持ちながら亡くなった事で怪奇現象が起き、あまりにも強い力に恐れた人々は神に祀り上げることで祟りから逃れようとしました。実際に神社に祀られている神になった人の話に触れていきたいと思います。

その1.菅原道真(北野天満宮・太宰府天満宮)

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菅原道真と言えば類まれなる才能の持ち主で、人々から厚い信頼を得ていた人物として知られています。幼い時ころから神童と呼ばれていた菅原道真ですが、朝廷の右大臣に就任いたことで同じ権力者の藤原氏に疎まれ、無実の罪を着せられてしまいました。囚人同様の扱いで大宰府に幽閉されから、2年で非業の死を遂げます。

その後、菅原道真を陥れた者たちが次々と亡くなり祟りと恐れられるようになりますが、特に宮中清涼殿に落雷して焼死者を出した事件は当時の人々を恐怖に陥れたという話は、中学校の教科書にも記載されるほど有名な話です。

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